自分は罪人にはならないと思っている愚かさ—沢尻エリカ騒動について思うこと


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今更感ではありますが。

私は元々沢尻エリカが好きな方ではない。

しかしあえて言いたくなった。

 

容疑者・沢尻エリカ

SNS。マスコミ。コメンテーター。

叩く、叩く、叩く。

完膚なきまで叩く。

善悪白黒はっきりさせて

「悪党」「大迷惑をもたらす元凶」と烙印を押して

「悪党」は完全に排除。

社会復帰の議論すらする段階ではないというコメントもあった。

永遠に排除という文脈である。

悪党は世に出すな、と。

無菌。この世の中を無菌状態にしたいのだろうか。

無菌状態ならば悪事は起こらないのだろうか。

言っているやからはそんなに自分は真っ白な潔白なのだろうか。

叩き続けている行動、言動自体が果たして正義なのだろうか。

人の心は果たして善だけでできているのだろうか。

人は本来、邪悪なことも考えるし、怠惰、だらしないところもあるのではないのだろうか。

罪を犯したら

「生きていくな」と宣告していることと同等だということに

無責任に言い放つ輩は自覚があるのだろうか。

絶対に自分は罪を犯さないと言い切れるのだろうか。

 

犯罪、法律を犯すことはもちろん、正しくないこと。

公共の電波に乗せることはふさわしくないということ。

当然、それは理解している。

ただ

何だか、何となく、怖い。

集団リンチのように思う。

集団リンチなのに正義だと言って

リンチにより得られる人間の邪悪な部分、

快楽を肯定してしまうという恐ろしさも感じる。

 

私は罪を犯したことはないが

うつ病の経験があり

実社会から

生きる自信を一切なくし

長きに引きこもって

働き始めては短期で辞めてを繰り返している。

そしてFXはいい等といい

ブログでうさんくささを振りまいている。

はっきり言ってダメ人間である。

 

ただ、ダメ人間でも生きていかなければならない。

自分だって数年前はこうなると思ってなかった。

あちら側の人間からこちら側に来たような感覚である。

社会の道を踏み外したって生きていかなければならない。

ただでさえつらいのに

沢尻エリカの場合は顔も知られており

社会復帰の障壁となる。

賠償金、生活のための資金を得るために

公の場に出ると反省してないと叩かれ

就職もままならない。

自営業にしても風評被害にさらされかねない。

どこに行っても謝罪を求められ続けるのは

「生きるのをやめてください」

というメッセージにもなりかねないということだ。

 

ただ一つ、私が言いたいことは

皆が皆、あなたのことを排除しているわけではないですよ、と。

理解者も少なくないということを。

(一庶民以下の者として何様かと言われればそれまでです、はい)

心の弱さからこそそういう物に頼って離れられなくなる

といったサイクルから悪循環となる。

昨今のコメンテーター、

人の人生がかかっているというのに

浅いな、無責任だなと思ったことからの感想である。

法が裁くのであって

人が人を裁くわけではない。

だからコメンテーターの勘違い発言に対して

越権行為なのではないかと感じ

モヤモヤしていたものを吐き出さずにはいられなかった。

 

でもきっと、そう言ってた輩ほど

のちに沢尻エリカに手柄があれば手のひら返しで褒めたたえるんだろうな。

信用できない人達である。